安全な山登りのために、山の天気に関する知識は欠かせない。
多くの登山者は自宅を出る前に、ネットやテレビで天気を確認しているだろう。
しかし、そこに落とし穴がある。
一般的な天気予報は、地上の天気について伝えてくれる。
だが、それは山頂の天気ではない。
地上で晴れていても、山頂では雨ということはよくある。
「天気予報では晴れといっていたのに」と後悔した経験はあると思う。
そして、予想していなかった雨の中を長時間歩き続ければ、雨具を着ていてもいずれはずぶ濡れになる。
低体温症の危機も迫る。
気象による遭難や事故は他人事ではないのだ。
国内外の山岳ツアーを手がける「まいたび(毎日新聞旅行)」は気象遭難を防ぐ目的で、山の天気を学ぶ「雲見トレッキング」を行っている。
講師は、山岳専門の気象予報士、猪熊隆之さん(山岳専門気象予報会社『ヤマテン』社長)だ。
「今日は、ド快晴です。雲がまったくない」「誰が『一番最初に雲を見つけるのか選手権』ですね」。
2023年11月19日午前、バスの車内で猪熊さんは冗談を交えながら話した。
17人の参加者から笑いが漏れた。
雲見トレッキングの参加者たちだ。
一行は早朝に東京駅を出発し、神奈川・丹沢連峰の大野山(723m)に向かっていた。
猪熊さんは雲が発生するメカニズムを分かりやすく説明した。
海から上昇した水蒸気が風に運ばれ、山とぶつかると斜面を駆け上がる。
上空に達した水蒸気は冷やされて水滴や氷に変わる。
これが雲となる。
だが、「今日は水蒸気が少ない。上昇気流も起きていない」「午後は相模湾から風が吹くので積雲ができる可能性はあります」などと解説した。
午前9時過ぎ、バスは「山北つぶらの公園」(神奈川県山北町)に到着した。
準備体操の後、猪熊さんは空を見上げながら「天候が変化する時は必ず前兆があります」「登山口で、天気を変化させる雲があるかないか、確認してください」「今日は(悪天候の前兆となる)積乱雲、レンズ雲、傘雲もない。問題ありませんね」と付け加えた。
同9時35分、大野山を目指して歩き始めた。
快晴の青空に、吹く風も優しい。
絶好のハイキング日和だ。
道中、送電線の鉄塔の脇を歩くと、「鉄塔の下は、雷の時は安全です」と教えてくれた。
「飛行機雲がすぐに消えています。上空が乾いているということです」とも話した。
ススキの登山道を登りつめ、午前11時24分、大野山山頂に到達した。
参加者は「草原なんですね」「広い」と歓声を上げた。
白雪の富士山もすそ野までよく見えた。
猪熊さんは丹沢の峰々を解説し始めた。
「眼下に見えるのが丹沢湖です。どっしりとした山は大室山、そして、檜洞丸、蛭ケ岳、一番右が丹沢山です」。
さらに「丹沢は霧の山といわれています。相模湾から風が吹くとすぐに雲がかかる。丹沢の気象予報は難しい」と続けた。
一行は昼食の後、下山の途についた。
猪熊さんは「気象遭難が多いのは日本海側の山です。そんな山に登ったら、日本海の方角をチェックします」「太平洋側の山は天気の急変は少ないけれど、海の方を見て雲のやる気をチェックします」と語った。
参加した女性は「山に登る時に、雲を意識したことはなかった。大変勉強になりました。今後に生かしたい」とうなずいていた。
(参考)ヤマテン
https://www.yamaten.net/
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】
●筆者プロフィール●
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。
2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長。