新緑におおわれた山肌を霧が駆け上がり、稜線はたちまち白い雲に包まれた。たたずんでいた登山者たちは、「何も見えない......」と悔しがった。好展望の山として知られる名峰・大菩薩嶺(2057㍍、山梨県甲州市・丹波山村)も天気の移り変わりにはなす術もない。2024年6月9日、正午過ぎのことだ。
居合わせた登山者は、「まいたび(毎日新聞旅行)」が主催する初心者向け講座「安心安全富士登山教室2024」の参加者たちだ。教室は夏の富士山登頂を目指し、3月・高尾山(599㍍)▽4月・丹沢大山(1252㍍)▽5月・筑波山(877㍍)と歩き、経験を積んできた。ステップ4となる大菩薩嶺は、2000㍍峰への初挑戦でもあった。
早朝、東京・新宿を出発した一行23人は午前10時過ぎ、登山口の上日川峠に到着した。2つの班に分かれて、10時20分過ぎに前後して出発した。1班の先頭を歩くのは、小野直子・登山ガイドだ。歩き始めはゆるいアップダウンが続く樹林帯を進んだ。セミの鳴き声がかまびすしい。「森の中は賑やかですね」。ミズナラの林にさわやかな風が吹き抜けた。「とても気持ちの良い道ですね」と語りかけた。参加者も笑顔でうなずいた。
スタート地点となる上日川峠のロッヂ長兵衛
山小屋「福ちゃん荘」には30分ほどで到着した。この山小屋には、皇太子時代の天皇皇后両陛下が立ち寄られた。「皇太子様 雅子様 御休憩所 大菩薩御登山 二〇〇二年九月十二日」と記された看板が掲げられている。
トイレなどを済ませた後、一行は山頂を目指して出立した。通過する唐松尾根は急傾斜であり、岩場もある。富士山登山の予行練習にはもってこいと言えるだろう。岩の上を通過する際に、小野ガイドは「足をどこに置くか考えましょう」「あせらずに、ゆっくり」と声をかけ続けた。正午過ぎには、霧に覆われた稜線にたどり着いた。そこから山頂は10分ほどだ。午後12時27分、大菩薩嶺の山頂を踏んだ。風が冷たく、手元の温度計は「12度」を指した。「やはり2000㍍を超えると冷えますね」と男性参加者はつぶやいた。
山小屋「福ちゃん荘」唐松尾根を登る小野直子ガイド
山小屋「福ちゃん荘」
稜線上にある雷岩。ここまで来れば山頂は近い
岡野明子・登山ガイドに率いられた2班が山頂に到着したのは、午後1時過ぎだった。11人の参加者は「やっと着いた」と安堵の表情だ。帰路は唐松尾根を戻った。岡野ガイドは「怪我をするのは下りです」「慎重にゆっくり歩いて」「浮石に注意して」と大きな声で伝えた。福ちゃん荘を過ぎ、登山道を歩いていると、傍らにピンク色の花をつけたクリンソウが揺れていた。午後3時前、一行は峠に帰り着いた。次回のステップ5は、富士山1~5合目に挑む。
大菩薩嶺山頂
岩場を慎重に下る岡野明子ガイド
クリンソウ
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】