「富士山に登るぞ!」 「おぉーっ‼」
2024年7月28日正午、山梨県側の登山口のスバルライン5合目(2305メートル)に、喚声が響いた。渡辺四季穂・登山ガイドの呼びかけに、登山服の男女11人が応えた。彼らは、登山初心者が富士山登頂を目指す「安心安全富士登山教室2024」(まいたび主催)の参加者だ。3月の高尾山を皮切りに、月ごとに標高を上げた山に登ってきた。そして、本番を迎えた。
「登るぞ」と気合を入れる
渡辺ガイドを先頭に、ゆっくりと登山道を歩んだ。6合目(2390メートル)を過ぎると、傾斜は増し、植物群の姿は消える。岩と石、砂の荒涼とした景色が広がった。「深い呼吸を意識して」とガイドが声をかけた。天気は快晴。眼下の山中湖の湖面が光る。こまめに休憩を取り、「思っているより汗をかいていますよ」「水分をたっぷり補給してください」とアドバイスを送り続けた。午後2時20分、7合目の山小屋・日の出館に着いた。夕食のカレーライスを食べ、就寝となった。
29日午前4時過ぎ、小屋前に参加者が集まった。山頂アタックの日だ。男性の参加者は「いよいよですね」と緊張気味だ。渡辺ガイドは「体調の変化はすぐに伝えてください」と話し、歩き始めた。急傾斜地が続く。「ゆっくり歩きます」「小またで」「深呼吸は吐く方を意識して」と掛け声が飛んだ。日が高くなるにつれ、白い雲が一行を包み、そして追い抜いていく。午前6時過ぎには標高3000メートルを超えた。8合目の山小屋・白雲荘は2泊目の宿だ。小屋を通過する際、山頂アタックに必要のない荷物を預かってもらった。
2024年7月29日のご来光
雲に追われるように斜面を登る
吉田ルートにはたくさんの山小屋が連なっている。渡辺ガイドは山小屋に到着するたびに、短い休憩を取った。「水をどんどん飲んで」と繰り返した。少しずつ風が強くなり、寒さを感じるようになった。9合目は急な岩場が続く。息もあがってきた。添乗員の「まいたび、ファイト―!」の元気づけの掛け声に、参加者は「オゥ―ッ」と右手を挙げた。
岩場を登る場所もあった
10時26分、ついに山頂に到達した。「やったー」「富士山に登ったぞ」。歓喜の声が響き渡った。一方、風速10メートルを超える北西風が吹き抜け、体感温度は10数度だったろう。雨具やフリースなどを着込んで山頂を一周し、白雲荘に引き返した。翌30日、下山の途につく人々の眼前には、丹沢山地、箱根の山々、御坂(みさか)山塊、八ケ岳連峰、遠くに北アルプスの峰々が広がっていた。はるか彼方に筑波山の双耳峰の姿もあった。青空の下、数々の名峰を一堂に見ることができた。富士山ならではの絶景だろう。ぜいたくな景色を愛でつつ、全員がスバルライン5合目に到着した。「登頂成功」と「無事下山」に、参加者全員が沸き返った。
念願の富士山頂に到着
山頂の売店
剣ケ峰に登る
◇ 下山後に記念撮影。みんな笑顔だ
2024年の富士山(吉田ルート)の光景は、明らかに昨年と違っていた。登山道を歩く人が少ないのだ。かつては一晩中靴の音や笑い声が響き、山小屋で横になっていても安眠できなかった。山頂付近でも昨年までは、疲労困憊の果てに倒れ込む若者の姿があった。それが今年はまったく見なかった。
理由は明白だ。5合目に設置されたゲートを夜間閉鎖することや、2000円の通行料の効果と言えると思う。富士吉田市の発表(8月1日)によると、7月1~31日の吉田口登山道の6合目を通過した登山者数は、5万5185人となり、前年比約16%、1万827人の減少となった。弾丸登山や無謀登山を防ぐ効果は十分にあったということだろう。この施策を継続、さらに試行錯誤を重ね、登山者の安全につなげてほしい。
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】
●筆者プロフィール●
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日ハイキングクラブ」前会長